オールドティファニーとは デザイナー、製造国、日本との関係から読み解く
オールドティファニーは、いまは作られていない少し前の時代のティファニーのジュエリーを指す呼び名です。ティファニーが公式に使っている言葉ではなく、ヴィンテージを扱う店や愛好家のあいだで広まった言い方です。
この記事では、ティファニーの公式資料に加えて、アメリカの上場企業としてティファニーが毎年開示してきた年次報告書や、美術館の収蔵記録をもとに、オールドティファニーの時代をつくったデザイナー、刻印に残る製造国、日本との深い関係までをまとめました。
■どの時代のものを指すか
決まった定義はありませんが、おおむね1970年代から2000年代ごろに作られ、すでに販売が終わったデザインを指すことが多いようです。1974年のエルサ・ペレッティの登場から、2006年のフランク・ゲーリーのコレクションまで、ティファニーのデザインが大きく広がった時代と重なります。
ティファニーは1837年9月14日、ニューヨークのブロードウェイで創業しました。1851年には銀細工師ジョン・C・ムーアと契約を結び、イギリスのスターリングシルバーと同じ925の基準を早くから採用しています。アメリカで925がスターリングの法律上の基準になったのは1906年のことで、それより前、この基準はアメリカでティファニー基準と呼ばれることもありました。
■1974年、エルサ・ペレッティの登場
エルサ・ペレッティがティファニーにデビューしたのは、1974年9月25日です。その年の2月、彼女は会長のウォルター・ホーヴィングに、1970年にデザインしたボーンカフを見せています。同じ1974年には、ビーンやオープンハートも生まれました。
ティファニーの年次報告書によると、ペレッティのデザインは1991年度に会社全体の売上の17%、1992年度と1993年度にも14%を占めていました。2012年には、ティファニーが約4,726万ドルの一時金に加えて、毎年45万ドルと売上の5%を支払う20年の契約を結んでいます。作品はスペイン、イタリア、香港、日本、アメリカの職人とともに作られ、ボストン美術館が所蔵する1970年代後半のネックレスには、PERETTI、TIFFANY、STERLINGとともにSPAINの刻印が残っています。
■1980年、パロマ・ピカソ
パブロ・ピカソの娘パロマ・ピカソは、1979年にデザインディレクターのジョン・ローリングに招かれ、翌1980年にティファニーで最初のコレクションを発表しました。年次報告書では、1991年度から1993年度の売上の4〜5%を占めています。
オークションでの評価も高く、1985年の刻印があるプラチナとダイヤモンドのグラフィティXのイヤリングは、2024年にフィリップスのオンラインオークションで、予想価格4,000〜6,000ドルに対して10,160ドルで落札されました。
■オールドティファニーの時代を彩ったデザイナー
このほかにも、1956年から作品を手がけたジャン・シュランバージェ、1967年に入社して16年在籍したアンジェラ・カミングス、1960年代半ばから在籍したドナルド・クラフリンなどが、この時代のティファニーを彩りました。
2006年には建築家フランク・ゲーリーのコレクションが登場し、トルク、フィッシュ、オーキッド、エクウス、フォールド、アクシスの6つのテーマで展開されました。2006年度には売上の1%を占めましたが、現在は作られていません。当店でもエクウスのブレスレットやトルクのリングを扱ってきました。
■刻印に残る製造国
ティファニーの年次報告書によると、1991年度から1993年度に自社で作った商品は、原価ベースで全体の25〜29%にとどまっていました。完成品のジュエリーは100社を超えるメーカーから仕入れ、1993年度に仕入れた商品の約42%はアメリカ国外で作られています。1989年には、ミラノのジュエリーメーカー、ファラオーネの経営権も取得しました。
アメリカでは、輸入品に原産国を表示することが法律で求められます。ITALYやSPAIN、GERMANYの刻印は、海外のメーカーで作られたことを示すもので、イタリアで作られたティファニーの品は、1950年代のものが美術館に収蔵されています。当店のバングルのように、A.MIK、DENMARK、925S、TIFFANYと刻まれた1970年代のデンマーク製のものもあります。A.MIKは、ジョージ ジェンセンの販売責任者から1970年に独立したアンドレアス・ミケルセンの刻印として知られています。
一方、ティファニーのニューアークの工場は1980年代半ばに閉鎖され、2001年からはロードアイランド州カンバーランドの自社工場が、シルバーやゴールドのジュエリーの多くを作るようになりました。
■日本で愛されたオールドティファニー
ティファニーの日本での歴史は、1972年に日本橋三越本店に開いたティファニー・サロンから始まりました。1993年7月までは、三越がティファニーから商品を仕入れて売る形で、その仕入れは1991年度にティファニー全体の売上の23%に達しています。三越はティファニーの株式の約14%も持っていました。
1993年からはティファニーが29の売り場の運営を引き継ぎ、1994年6月には、日本の売上の約55%を占める商品の価格を約25%引き下げましたが、それでもアメリカより約50%高い水準でした。1995年度から1997年度には日本の売上が会社全体の27〜28%を占め、2002年度には日本の小売売上の28%をシルバーのジュエリーが占めています。日本の中古市場に1990年代のシルバーのティファニーが数多く出回っている背景には、こうした歴史があります。
■アトラスとリターン・トゥ・ティファニー
アトラスの名は、1853年から店の入口で時計を支えてきた、ギリシャ神話の巨人の像に由来します。1983年に時計が、1995年にジュエリーのコレクションが登場しました。当店のアトラスのブレスレットに©1995の刻印があるのは、このためです。
リターン・トゥ・ティファニーの始まりは1966年で、14金のハート形のキータグが11ドルで広告されていました。タグには一つずつ登録番号が入り、1980年に初めてタグを使ったジュエリーが登場、1997年にはシルバーのチョーカーが加わっています。
■刻印を読むときの注意
©と年号は、そのデザインが最初に発表された年を示すもので、製造年ではありません。アメリカでは、1989年3月より前に発表された作品には著作権の表示が義務づけられていました。
また、1961年からは、STERLINGや18Kなどの品位表示を打つときに、登録商標か名前を並べて打つことが法律で求められています。TIFFANY & CO.の刻印が品位表示と並ぶのも、この決まりに沿ったものです。STERLINGと925は1950年代のイタリア製にも並んで打たれており、どちらの表記かで年代を決めることはできません。
■選ぶときのポイント
まずは刻印を確認しましょう。ブランド、素材、©の年号、製造国、デザイナーの名前から、そのジュエリーの背景が見えてきます。刻印の見方は、こちらの記事でもまとめています。
https://rorn.shop/news/6acf247550d3810956f15cfe
次に状態です。長く使われてきたものなので、擦れや小傷があるのが普通です。当店では、すべての商品に5段階の状態ランクと検品結果を記載しています。ランクの基準は、こちらの記事でご案内しています。
https://rorn.shop/news/6abf6787a60363db46034d14
リングは、号数と内周を商品詳細でご確認ください。
■rorn.shopのオールドティファニー
当店では、オールドティファニーを中心に、1点ずつ検品したヴィンテージジュエリーを扱っています。ペレッティやパロマ・ピカソの作品から、デンマークやイタリア、ドイツで作られたものまで、刻印と状態を確かめてご紹介しています。同じものが二度と入らないことも多いので、気になる商品があれば、お気軽にお問い合わせください。

